ユ虐のすゝめ ヒトラーの反ユダヤ主義

イヴォンヌ・シラット(三ツ木道夫=大久保友博訳)『ヒトラーと哲学者 哲学はナチズムとどう関わったか』(白水社,2015)

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20世紀最大の独裁者、「アーリア人種」の信奉者。第三帝国による世界支配を夢見て世界に戦いを挑んだ男。

 

アドルフ・ヒトラー

 

彼はその強烈な優生思想のもと、ユダヤ人、障害者、犯罪者に至るまで、ありとあらゆる「不純物」を排除していった。

 

その中でも特に悪名高いのはホロコーストだろう

(holocaust(ホロコースト)=大虐殺、大破壊。Holocaustと固有名詞扱いされる場合はナチスによるユダヤ人大虐殺を指す。語源はギリシャ語 ὁλόκαυστος)

 

ヒトラーという名前を聞けば反ユダヤ主義ユダヤ人への迫害を真っ先に思い浮かべる人が多いのではないか。

 

実際、ヒトラー反ユダヤ主義を糧として大衆を扇動し、総統の地位に上りつめたといえる

 

ヒトラーは容赦のない読書によって自分自身の思想を確立していったが、その実態は様々な理論・哲学のモザイクだった。

 

エルンスト・ハンフシュテングルが述べるように、ヒトラーは「天才的思想を生み出すのでなく、むしろ天才的なバーテンダーだったのだ。彼は目の前にあったドイツの(伝統的な)成分を取り上げ、自家製の錬金術によって調合し、ドイツ人の口に合うカクテルに作り変えたのだ。

(『ヒトラーと哲学者 哲学はナチズムとどう関わったか』P.53)

 

そして実は、反ユダヤ主義のエッセンスは、カント、ヘーゲルヴァーグナーマルクスニーチェといったドイツの偉人たちの思想から抽出されたものだったのだ。

 

 

カント

真の知識には明白な証拠(evidence)が必要であり、証拠のないものは証明され得ず、存在しないというのが科学的な考え方である。

カントは理性を何よりも重視し、宗教も倫理も理性に適ったものでなければ無意味であると断じた。

つまり、経験的、直感的、慣習に従うのではなく、人々は自らの頭で考え、理性に従って生きなければならないのだと。

 

それゆえ、カントはユダヤ教を否定した。

 

原始的で理性に適わないことはなんであれカントを苛立たせ、ある古代宗教が彼の格好のターゲットとなった。ユダヤ教である。カントはこの宗教を進歩の遅れたものとみなし、ユダヤ人を迷信的で原始的、理性に適わない存在と呼んだのだった。この誹謗中傷はさらにひどくなる。宗教は理性の上に築かれねばならないのだから、ユダヤ教を宗教としてまったく否定するところまでカントは進んでしまう。宗教論である「単なる理性の限界内での宗教」(一九七三)で彼はこう書く。「ユダヤの宗教というのは実際のところ宗教などではまったくなく、ただひと塊の一種族の人間たちからなる協同体でしかない」

(『ヒトラーと哲学者 哲学はナチズムとどう関わったか』P.67)

 

カントによるとユダヤ人は倫理的なものであることもできないらしい

なぜなら、倫理性の基本は理性であり、ユダヤ人は理性を持たないがゆえに倫理を持つこともできないからだ。

 

カントは、「ユダヤ人の多くは、自分たちが住む国の中でユダヤ教という迷信によって団結している。かれらは国に帰属することなく、国民を欺いて利益を得る高利貸しの詐欺師集団なのだ。」と痛烈に批判する

 

啓蒙主義思潮の最大の思想家、最大の道徳家として名声を獲得していたカントがユダヤ人を潜在的犯罪者として扱うということがどういうことなのかは火を見るよりも明らかだろう。

 

 

フィヒテ

 

フィヒテはカントのあと、ドイツ観念論の哲学者として評価された。

ドイツ人の優越、ドイツ人の純粋性保持を訴えるナショナリストで、フィヒテもまたユダヤ教ユダヤ的な考え方を否定した。

 

「私はユダヤ人に公民としての権利を与える方法がまったく見当たらない。ひょっとして誰かが連中の頭を全部叩き切って、新しいのと取り替えるというのなら別だ。その中にはユダヤ的な考えがひとかけらもないような新しい頭だ。」

 (『ヒトラーと哲学者 哲学はナチズムとどう関わったか』P.70)

 

 

 ヘーゲル

 

ヘーゲルはカントの思想を発展させ、理性は人類にとっての究極目標であるから理性による世界が実現されるべきだと説いた。

そして、カントと同様にユダヤ教を理性的ではないもの扱いした。

 

「理性の神殿はソロモンの神殿よりはるかに高く聳える。[…]理性に適うよう建設されており、ユダヤ人がソロモンを手本にして建設したのとは全く違う方法なのだ」

「他の神々に寛容になれないのが、ユダヤ人だけの民族的な神なのだ。この民族の厳しい神はそれほど嫉妬深い」

(『ヒトラーと哲学者 哲学はナチズムとどう関わったか』P.71)

 

 

ショーペンハウアー 

 

永遠のユダヤ人アハスフェルスは、ユダヤ民族全体の人格化にほかならない。[…]どこをも家とすることなく、しかもどこをも異郷とすることなく、[…]類をみない頑固さでその国民性を主張し、他民族とその土地に寄生しているが、[…]この悲喜劇(的な奇態な制度全体)に(世にもなごやかな行き方で)引導を渡す最良の方法は、ユダヤ教徒キリスト教徒間の結婚をゆるすこと、[…]こうして百年以上もたてば、[…]アハスフェルスも埋葬されることになって選ばれた民自身が、どこにそういうものがいたか、わからなくなるだろう。[…]彼らはいつまでたっても異質の、東洋民族である。

(『ヒトラーと哲学者 哲学はナチズムとどう関わったか』P.72)

 

ユダヤ人は強固な選民思想によってどの国でもユダヤ人同士で民族的団結をしている。

愛国精神など持たず、利己的な目的のために寄生しているのだと。

ユダヤ人特有のやっかいさを解消するために、キリスト教と同化してしまえばいいと言っている。

 

 

ヴァーグナー 

 

彼は、ユダヤ人は「寄食者であり寄生者」であり、ドイツの文化や経済生活を牛耳っている、と確信していた。「私には私の〈ドイツ〉が、永久に、朽ちてしまうのがわかる。[…]私の芸術上の理想はドイツとともに興り、ともに滅びる。[…]ドイツ諸侯の没落のあとに来るもの、それはユダヤ的ドイツ人の魂」、「呪われたユダヤ人ども」だ。

(『ヒトラーと哲学者 哲学はナチズムとどう関わったか』P.73)

 

リヒャルト・ヴァーグナーといえば、ヒトラーが政治家を志す前、すなわち美大を目指していた時からヒトラーにとってのヒーローであり、憧れの人物だった。

ヒトラーは唯一の親友クビツェクとともに足しげく劇場に通っていたようだ。

もちろんヒトラーが総統になってからもヴァーグナーの音楽を愛し続けた。

ヴァーグナーは筋金入りの反ユダヤ主義者だったというから、ヒトラーがその影響を受けたと考えるのは必然だろう。

 

ニーチェ

 

ニーチェヒトラーに最も影響を与えた哲学者の一人だと言われる。

反ユダヤ主義、戦争賛美、反民主主義、超人(Übermensch)思想、のちのヒトラーナチスの思想の骨子となるものが多分に含まれていた。

 

人種改良の可能性、支配者層の教育可能性、「大地の主人」「芸術家として人間自体に働きかける暴君」などの可能性を論じたメモが、そこには含まれていた。さらに「より強い人間を必要とする条件を作り出す必要性、その強い人間というのは自分の役割のために、心身の鍛錬強化を必要とする人間だが、そうした必要性」に関するノートもあった。この老婦人エリーザベトが、老眼鏡と夫人帽を身に着けて、ヒトラーを文書館に迎え入れるのは一九三四年八月であり、おそらくこの時にヒトラーはこのノートを見せられたのだった。

(『ヒトラーと哲学者 哲学はナチズムとどう関わったか』P.73)

 

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ニーチェの死後、妹のエリーザベトは兄の文書館を発展させ、生前兄が残したメモやノートを編集し、公刊した。

単なるメモ、アイディアにすぎないものも「ニーチェの思想」としてまとめ上げた。

向上心を持って国家に奉仕する人間を育てることを必要とし、民主主義を否定し、一握りの偉大でより優れた人間が統治するべきだという構想はナチスの政策と符合する。

 

 また、ニーチェといえば「神は死んだ」という言葉とともにニヒリズムの元祖として有名だが、佐藤優ヒトラーに、ニーチェとは異なる文脈でのニヒリズムを指摘する。

 

ヒトラーは日常的に調理法や食べる量にもすごく気を使っていて、太らないように心がけていました。でも、大好物はチョコレートケーキなんですよね。彼は、いよいよベルリン陥落という時期に至って、禁欲主義をなげうち、チョコレートケーキをむしゃむしゃ食べるようになりました。これは『ヒトラー 最期の12日間』にあります。エヴァ・ブラウンと結婚するからみんな集まれと言ってみたり、ケーキをむさぼり食ったり、けっこう清々しい感じで最期の日々を送っている。どうしてだと思う?「やっぱり、ドイツ民族、アーリア人種は弱かったんだな。ユダヤ人の方がしぶとかったなあ。スラブ人も強かったよなあ。結局、われわれは滅亡する人種だったんだ。あっはっは、まあ、そういうことだ」っていう心境ですよ。適者生存とか自己責任といった社会進化論的な立場を捨てていなくて、「おれは負け組だったんだ。気付かなかったけどな」という思いだったでしょう。

(『この不寛容の時代に ヒトラー『わが闘争』を読む』P.229)

 

これは第二次世界大戦末期、連合軍が目前に迫ってくる中、ベルリンの総統地下壕で敗北を確信し、死を決意したヒトラーの描写。

 

「結局、自分の信じたものは虚構だった。」

「空虚なものの上に立っていた自分もまた空虚な存在だったのだ。」

 

と理解し、「意志の力」を信じていたヒトラーが意志を捨てて気の赴くままに最期の時を過ごすわけだ。

 

 

ヘッケル

 

19世紀はダーウィンの時代だった。

動物学者にして社会哲学者、エルンスト・ヘッケルはドイツ人にとってのダーウィンを自認し、「社会進化論」を提唱した。

 

ヘッケルは「自然こそが神」だと考え、自然を崇拝し、自然による競争、適者生存が最良の結果をもたらすのだと信じた。

 

汎ヨーロッパ「一元論者連盟」を創設し、ヘッケルはこう論じた。人間は生物学の法則によって統治されるべきである、と。人種の純粋性に関する強迫観念はどんどん膨らんでいき、ヘッケルはアーリア人の強さを守るため、優生学を提案する。彼が説き勧めた生物学に社会が従わなければ、その社会が弱体化してしまう。病人の寿命を長引かせるために何がしかの薬を使うと、それがかえって自然淘汰を妨げることになる、とヘッケルは唱える。下層民、病人、障害者、乞食、ホームレス、犯罪者などは、近代の医薬品や生殖の権利を与えられるべきではない、というのだ。その上、これらの弱者グループは種を堕落させていき、適者生存組には脅威となる。それゆえ、彼は集団的安楽死を説く。彼の言葉で言えば、「悪からの救済は、痛みがなく即効性のある毒物によって遂行されるべきだ」と。

 (『ヒトラーと哲学者 哲学はナチズムとどう関わったか』P.90)

 

 

ヘッケルの思想はある意味めちゃくちゃに面白い。

 

「障害者、乞食、犯罪者などは邪魔だ!安楽死させてしまえ!」

 

というようなことを「ドイツのダーウィン」が大真面目に主張しているというわけ

不謹慎ながら、想像したら笑ってしまう

 

さらにヘッケルは、古代ギリシアの軍事国家スパルタを称賛する

 

ヘッケルは言う、

 

「なぜスパルタが成功したのか?」

「スパルタは”完璧なまでに健康で強い子供たち”以外を抹殺し、常に優れた強さを持った人間だけの状態を維持していたからだ」

「ドイツもスパルタに見習うべきだ」

「奇形児や病気の子供を殺すことは、殺す側殺される側の双方にとって有益な行為なのだから」

 

 

 

 

こうして見てみると、反ユダヤ主義は決してヒトラーナチスだけのものではなかったことが分かる。

当時のドイツには反ユダヤ主義や優生思想がは少なからず影響力を持っていたようだ。アドルフ・ヒトラーという怪物はそのような時代にあって天才的な「錬金術」を駆使し、ドイツ国民をまとめあげていったのだろう。