序章 『東京裁判の国際関係 国際政治における権力と規範』

こんにちは、ふじさきちひろです

 

 

まずはこちらをご覧ください

漫画『こち亀』からの引用です

f:id:chuzisakix:20200711151539j:plain

こち亀 73巻 P.29)

 

部長の代行として両津が子供たちに剣道を教えることになったというシーンです

 

「それは部長のやり方だ!わしにはわしのやり方がある 部長のたわ言などすべて忘れろ!」

「わしの流儀は勝つ事だ!何がなんでも勝たねばいかん! わかったか!」

 

爽快なセリフだったので載せました

 

私自身、一般常識的、前例踏襲的思考…外面や体裁、周囲の反応などを意識した立ち振る舞いの誘惑から逃れられないことが少なくないです

 

ふと気が付くと、「この場合、最も尤もらしい選択は?」という思考に陥っている自分がいる

 

やはり、マイノリティでありたくない、異端だと思われたくない、外れ値になりたくないといった願望があるのでしょう

 

一方で、そのような「無難な選択」に辟易もしている

 

だから実際、私の理想とするところはこの両津のようなマインドなのです

 

もちろん、その基礎となるのは、自己批判を欠いた狂信的な思想ではなく、蓄積された経験・知識、弛まぬ批判と検討によって紡ぎだされた自分自身の哲学になりますが。

 

東京裁判の国際関係 国際政治における権力と規範』

序章

 

序章について書く前に、本書の簡易版(著者は本書と同じ日暮吉延)といえる新書があるので紹介します。

 東京裁判問題について俯瞰したいという場合にはこちらが便利だと思います。

 

序章 問題の所在

 

 東京裁判(正式名称:極東国際軍事裁判 The International Military Tribunal for the Far East)は第二次世界大戦後、大日本帝国戦争犯罪者を裁くために開かれた。

 その議論については歴史的に、〈肯定論〉および〈否定論〉という極端な理論のいずれかに帰着し、平行線をたどってきた。

肯定論

 

 侵略や戦争犯罪を行った日本を、連合国が「道義的立場」から裁判という「文明」的な方法によって懲罰したという見方。「文明の裁き」論といわれる。(国際裁判における原告(連合国)は戦勝国というよりも「文明」だとされたことに由来する。)

 これは同時に、日本の侵略を打ち破り、犠牲者を最小化するには、対日無差別爆撃や原爆投下が不可避であったという、つまり、連合国(アメリカ)の非人道的行為を正当化するという側面も持っている。

 

否定論

 戦争の計画、開始等について個人を処罰するのは、文明諸国の法律が禁じる遡及法の適用にほかならず(法律には不遡及の原則があり、特に刑罰には事後法の禁止が厳格に規定されている)、また連合国側の行為が不問に付されるというのも不公平である、結局、国際軍事裁判は事後法による戦勝国の政治的報復、「勝者の裁き」にすぎないとする見方。

 (PP.12-14)

 

上記が肯定論と否定論の要旨だが、筆者は、「特に日本においては、政治的イデオロギー、善悪の判断基準、感情論等の影響が根強いため、〈肯定論〉と〈否定論〉は不毛な対立を繰り返している」と述べている

また、フランスの歴史家アレクシス・ド・トクヴィルの言葉

「人間は自身の敵から真理を受け取ろうとはしない」

を引用して、この対立にこそ相応しいとしている。

 

結局、感情的に対立してしまったら理性による話し合いは難しいというのが現実なんでしょうね。逆もまた然りで、感情的に陶酔してしまえば理性など無視できると。(〇〇信者といわれるような人たちがその例)

 

東京裁判に関する議論は肯定論、否定論ともに、非学術的なものも含めて、1940年代から蓄積されてきたが、先行研究の多くについて筆者は、

 

・一次資料に基づいた基本的な事実関係への見落としが多数ある点

・肯定論、否定論のの対立軸が強調されすぎていた点

・国際政治の文脈における検討が不十分

 

で問題があるとしている。

 

そこで筆者は、東京裁判が『勝者の裁き』であることは自明の理である。」としながらも、

 

・日本側の否定論は、自国の過去の正当化や、ナショナリズムへの寄与、日本が実際に負うべき責任を無視し、敗者のルサンチマンに基づく陰謀史観に陥る危険性がある。

 

・肯定論においても、戦前期日本への批判のために利用している節がある。現実の状況や限界を無視したナイーヴな見方となる傾向が強い。

 

と両論の欠点を指摘、

 

「文明の裁き」論と「勝者の裁き」論を客観的に見極め、国際政治の〈規範〉と〈権力〉の関係に留意しながら、具体的事例の検証によって東京裁判外交政策として評価することが本書の課題であるとしている。

 

序章終わり

 

 

東京裁判についてどのようなイメージを持っているだろうか。

 

私は漠然と

 

大日本帝国・・・望まぬ戦争に自国民を追いやり、世界侵略を目論んだ悪の国家

 

東京裁判・・・大日本帝国を支配していた悪の軍人を裁く正義の裁判

 

というようなイメージをもっていた。

 

しかし、日本の近現代史を読み進め、連合国(アメリカ)=正義、枢軸国(日本)=悪というような単純な二項対立ではないと理解すると同時に、日本(大日本帝国)への肯定的(同情的)な感情も持つようになった。

 

無論、歴史修正主義ネトウヨ的思想に染まったわけではない。

 

筆者(=日暮吉延)が指摘するように、第二次世界大戦・太平洋戦争関連の議論は総じてイデオロギー色が濃すぎるきらいがある。

 

ゆえにひとまず、本書で東京裁判についての客観的理解が得られたら良いと思う。